第15回ゲタリンピック2008 2008年(H20)9月21日開催


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ゲタリンピックの歩み
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第0回 平成 5年(1993年)11月   18:00〜21:00
 商店街活性化事業の一環として、松永商店連合会青年部のメンバー約20名が、地域住民や福山大学生とのコミュニケーションを図るために、松永駅北口商店街のメインストリート(約150メートル)を使って障害物競走を行いました。

 ・参加チーム約20チーム
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第1回 平成 6年(1994年)10月22日(日)   14:00〜20:30
 松永商店街近代化事業の一環として、松永商店連合会青年部が下駄工場の協力により、JR松永駅南北商店街を会場にして、第1回町おこし!まつながまつり21ゲタリンピックを開催しました。
 松永の特産物、「下駄」を使った障害物競走(5人1組)を中心とした内容の競技で、参加チーム数は40チーム(200名)、来場者数1万人
 大学のある街松永として、福山大学ともパイプができ、福山大学三蔵祭の前宣伝としてパレード(約200名)や三蔵太鼓、吹奏楽演奏を実施しました。
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第2回 平成 7年(1995年)9月22日(日)   10:00〜18:00
 第1回の反省をふまえ、商店街中心の運営から、 広島県はきもの協同組合・広島県藺製品商業協同組合などの団体の青年部に協力を求め、松永地域の活性化の為の祭として、一緒に企画運営をし、第2回を開催しました。
 今回の祭では、松永にふさわしいシンボルとして、広島県はきもの協同組合青年部が巨大ゲタを製作しました。また、この巨大ゲタには地元日展審査委員の松岡高則先生にお願いして、松永の歴史的風景をボランティアで彫刻していただきました。この巨大ゲタの製作については、テレビ・ラジオの取材等で話題に上り、ゲタリンピックの名前も全国に響き渡りました。
 また1950年代をテーマとして、地域の大学・高校の美術部の学生さん達が、松永の風景を描いた200メートルの巨大壁画は、たいへん大きな反響を呼びました。
 各種イベントでは松永の歴史を知っていただく為に、会場内にチェックポイントを設けた“親子ウオークラリー”、JR松永駅の協力で開催した“ゲタリン日展”等を実施しました。
 競技種目は、1回目の下駄中心競技に加え、畳表も取り入れた、より松永らしい競技内容に変身しました。
 ステージは地域の幼稚園・各種団体の発表の場にし、飲食店はプロを排して、すべて手作りの祭として作り上げました。
 当日の競技参加者は3種目で約1千5百人来場者は台風の影響で天候に恵まれず、1万5千人 にとどまりました。

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第3回 平成 8年(1996年)9月15日(日)   10:00〜21:00
 第3回は過去の2回の反省は生かし、より地域の方々とのつながりを深めるために、地域交流部会を新設しました。
 ゲタリンピックを通じて地域のネットワークづくりと、当日だけのボランティアスタッフを募集して運営しました。
 中でも競技が主体の祭りだけに、自由に競技に参加できるよう心がけました。また、前年に製作した「巨大ゲタ」を利用した“巨大ゲタさばり”を競技種目にしたところ、企業チーム・消防団チーム・綱引きチーム等、30チームの参加で競技が大変盛り上がりりました。
 この年は「ひろしま国体」開催の年でもあり、福山市より国体の装飾品などを借り入れ、祭りの行われる会場に設置しゲタリンピックのムードを盛り上げました。
 ステージはふれあいステージと称して、地域団体活動の発表の場として利用いただき、また地域の小学生を対象にした“オリジナル下駄づくり”は無地の下駄に各々好きな絵を描いてもらい、できあがった下駄をゲタリンピック会場に展示して「下駄づくし」としました。
 松永駅構内におきましては、前回同様地域の方々の自慢の写真や絵画を展示した“ゲタリン日展”、また広報活動の一環として、初めて「福山ばら祭りローズパレード」に参加いたしました。
 今回のゲタリンピックは天候にも恵まれて、
競技参加者は2,000人を越え、来場者数は2万5干人を数えました。
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第4回 平成 9年(1997年)9月14日(日)   10:00〜20:00
 今回のゲタリンピックでは、地域の福祉活動に目を向け、地域ネットワーク部会に福祉担当を設け、福祉施設の代表者に仲間に入っていただきました。そして祭りを通じて松永地域の福祉の現状・活動状況などをイベントの一環として、地域の人々にアピールしていただきました。
 イベントにおいてはテーマを“2010年!松永未来の街並み”と題して、福山大学をはじめ、市内10校の高等学校美術部のみなさんが“巨大壁画”を製作いたしました。
 また、地元の小学生を対象にした“児童ゲタ絵柄コンクール”には200点の応募作品があり、優秀作品は記念品として、デザインと同じ下駄を制作してプレゼントしました。
 ステージ“松永ふれあいステージ”では、9団体の発表と地域カラオケ大会、今野仁誠のそっくりものまねショー、チャリティーオークションを開催いたしました。
 地域の福祉に役立てていただきたく“ゲタリンまちづくりバンク”を創設し、チャリティーオークション・バザー・イベントの収益金等で松永沼隈地区医師会介護支暖センターに、介護ベット1台、介護車椅子3台を寄贈しました。
 第3回の時誕生したゲタリンピックのキャラクターにネーミング募集をしました。約650件の応募があり「カラン・コロン」から“カランくん”に決まりました。この“カランくん”と一緒に“福山ばら祭りローズパレード”に出場して、最優秀ゴールデンローズ賞をいただくことができました。
 今回の天候は台風19号が接近中で四国沖に停滞しており、そして夜半に上陸しました。
競技参加者は約2,000人、来場者ぱ約3万5干人。

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第5回 平成10年(1998年)9月13日(日)   10:00〜20:00
 街の環境、また人に優しい地域づくりを目指した祭りの推進と、変革の時代に若者らしく新しい発想と、勇気ある行動カで地域の手本になろうということで、キーワードは「まつなが夢舞台 優・遊・勇」としました。
 第5回目という節目の中で、松永のまちづくりについて真剣に考えた祭りでありました。中でも、小中学生・一般を対象とした“ゲタリンまちづくり会議”での意見では、松永のまちづくりにおいても、ゲタリンピックの将来にとっても、素晴らしい意見が'たくさん発表されました。
第5回ゲタリンピック風景 また、ゴミのでない祭りに挑戦しようと、あらゆる事を考えた祭りでもありました。ブース関係者にはゴミは持ち帰っていただき、ボランティアスタッフによる終日のゴミ拾い。そしてキャッチフレーズは、「持ち帰ろう!楽しい思い出とあなたのゴミ」としました。おかげでゴミの量は前年の20分の1となりました。
 この年、30年来の都市計画であった松永中央通りが開通しました。競技会場とメインステージを開通したばかりの松永中央通りに移し、松永北口商店街を中心にして盛大に開催いたしました。
 毎年、祭りが大きくなるにつれ出店ブースも増え、競技参加者や人出も増加しています。現在のJR松永駅周辺での祭りの開催は、スペース的にも機能的にもすでに限界にきているように感じます。
 5月の連休に初めて「ひろしまフラワーフェスティバル」のパレードに出場しました。ゲタリンピックのスタッフや家族、またパレード好きな人130名でゲタリンピックをPRし、松永の元気な下駄の音色を平和公園に鳴り響かせてきました。
 また、福山ばら祭りローズパレードでは2年連続で最優秀賞をいただきました。
 競技に関しては従来のゲタ競技はもちろん、松永ローンテニスクラブと松永ベイボウルにおいて、ゲタリンピック杯の大会を開催していただきました。また“ラジコンツーリングカー大会”がカワイ模型店の協カで開催することができました。
 将来的にゲタリンピックの当日は松永地域がスポーツの日になり、あらゆる競技が開催されているというイメージになれば楽しいだろうと思います。今回は天候にめぐまれ、競技参加者は約2千300人、来場者も約7万人を記録いたしました。

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第6回 平成11年(1999年)9月12目  10:00〜20:00
 キーワードは「Heart de Mind 21世紀への夢街道(かけはし)」
 今回は21世紀へのプロローグとして、もう一度人と人との触れ合いや人と社会との関わり方など人間社会にとって大切な「心」を再確認し、もっとも大切にしたい思いやりの心を表現し、地域の子ども達が安心して、豊かに過ごせる心優しい環境づくりをめざし、新世紀への「夢街道(かけはし)」となるよう企画しました。
 本州と四国を結ぶ3つめの橋「しまなみ海道」がこの年開通。地元にとっては新しいネットワークが誕生しました。
 われわれゲタリンピック実行委員会もメンバーは150名を越え、当日のボランティアスタッフも200名。各種団体企業からの協賛も約1,000社にも及び、それぞれが深い絆で結ばれ人的ネットワークが生まれました。そこでは、「松永のまつりから世界の祭りへ」と夢は大きく、祭りを通じて街を観察し、比較する。「もっと住みよい街にするには」 「もっと元気な街になるためこはどうしたらいいのだろうか」。いつもそんな未来の話をする街おこしグループヘと成長してきました。
 この回では「ボランティア部会」を新設。地元の大学生はもちろん、中高生のみなさんに企画から参加していただき、ボランテイア活動を一緒に体験していただきました。大人が子ども達を認め、機会や場をつくってあげることはとても大切なことです。きっと参加した子ども達は自信を持ち、大人を信頼するでしょう。また同じ意識の中で地域活動をする時、地域を愛する心が芽生えてくると思います。また新しい試みとしては、広報活動として関係各団体・報道機関に対して、当日までの実行委員会の動きや、トピックなどを掲載した“ゲタリン新聞杜”を事業に加え、2ヶ月間毎週1回発行して参りました。同時に福山商工会議所の協カで“ホームページ”を立ち上げる事ができました。競技では“ゲタタワー”が新しく加わりました。昔は松永の至る所で見ることができたゲタタワー(下駄を乾燥させている状態)。それがタイムトライアルレースに・・・もちろん優勝は下駄職人さんチームでした。
 ステージでは、“陸上自衛隊第13音楽隊”の素晴らしい演奏が披露されました。松永地区に数多く住む外国人達との交流も深めようということで“国際交流ひろば”を展開し、医療相談会や、サルサ音楽の演奏、多国籍料理の出店などで、独特の雰囲気を醸し出していました。
 競技参加者約2干800人、来場者は8万人を越え、福山を代表する祭りになりました。
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第7回 平成12年(2000年)9月10日   10:00〜20:00
 キーワードは「まつなが発見21世紀へまちづくりの胎動」
 私たちのまち「まつなが(松永地域)」を大事に思う心を、まちづくりの胎動を感じながら21世紀へしっかりと繋げていきたい!また、ゲタリンピックに参加するみなさんが「まつなが」の人・ものに出会い、ちょっと素敵な発見と感動を味わってもらいたい!と願って企画しました。
 第7回ゲタリンピック当日は心配されていた台風もその気配さえ一切なく、真夏を思わせる好天に恵まれました。これもまさにゲタリンピックスタッフ一同および関係者みなさんの願いが通じた結果だと思いました。
 前日からのステージ設営に始まり、当日早朝からの会場設営、各競技、各種イベント等の準備もスムーズに終える事ができました。
 オープニンクステージの「福山大学学友会執行部三蔵太鼓を打つ会」の勇壮な太鼓を合図に始まった第7回ゲタリンピックは観客の出足もよく、地域に受け入れられ、より密接した「まつり」としてみなさまと共にあることに気づかされる開催となりました。観客動員数も過去最高の8万5千人を数えたことがその証ではないかと思いました。また、ご協力いただいた当日ボランティアのみなさまも400名を越え、この大きなカは第7回ゲタリンピックの支えとなりました。そして第7回ゲタリンピック「まつなか発見21世紀へまちづくりの胎動」はこれらみなさまのおかげで(財)地域活性化センター、全国58新聞社主催、総務省後援「第5回ふるさとイベント大賞」優秀賞を受賞しました。これは、ゲタリンピックがその独創性と地域性、住民の積極的参加が評価されたものです。今回の受賞はまさに、様々な形で参加していただいたみなさまとの受賞でず。この喜びを胸にはりきって、ますますゲタリンピックは地域のみなさまに愛される「まつり」になるようにしていきたいものです。
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第8回 平成13年(2001年)9月9日   10:00〜20:00
 キーワードは「せっかく此処(ここ)におるんじゃけー」
 今年度は、新世紀最初の開催ということで、サブタイトルを−新世紀への挑戦−といたしました。9年前こ、「町おこし松永まつり21ゲタリンピック」とやたら長いネーミングをいただいて始まったゲタリンピックも、世紀を超えて開催されることになりました。徐々にネーミングも「ゲタリンピック」で通るようになり、立ち上げた頃の無名とは隔世の感があります。
 本年度は、「ふるさとイベント大賞」優秀賞を受賞し、いままでのみなさんの努カが一つの形となって実を結んだと思っています。また、NHK「ひるどき日本列島」にも出演し、名実共に全国区となりました。
 祭りそのものも、過去最高の8万8千人の入場者を数え、ボランティアスタッフも約250名の参加を頂きました。「本当」の意味でボランティアとしての参加が増えていますことは、喜ばしいことです。
 そのボランティアの力で、長年の課題のゴミ処理が年々簡単になっています。
 今回は開催場所が、JR松永駅南口のみとなりました。メンバーは全体の流れが掌握しやすく、参加者も分散されずに効率よく回遊できたのではないかと評価できますが、北口が寂しいという声もありました。
 実行委員会メンバーも150名を越え、職域、年齢、性別を問わず参加していただいております。特に若い世代の参加が増えたのは喜ばしいことです。
 新しい世紀は、共生の世紀と言われます。共に生活し、学び、活動することは、地域社会にとっても、またその個人にとっても「大切」な財産になると信じて、今年のテーマを「せっかく此処におるんじゃけー」といたしました。
  新しい部会として、「国際文化交流部会」を立ち上げ、国際化の中での「地域」を考える縁にしたいと思っています。当地域でも、ブラジル人や中国人の、住民が増え、日本を含め様々な文化の形をお互いに紹介し、相互理解をしていく努カが、ゲタリンピック当日のみならず、日常的に続くものと信じています。
 また、テストケースとして、「巨大げたさばり」に今まで、総体重800キログラムのみでしたが、同1,000キログラムの部を新設しました。
 これは、職場や各種団体、学校関係の参加を促し、「げたが動く」楽しみを、できるだけ多くの参加者に感じていただきたいと、企画いたしました。これ以上動かすと危険というK点を超えるまでひっぱったチームもありました。
 新競技に「げた飛ばし」を、当日参加できる形式で加えました。場所的に離れての開催でしたが、約400名の参加を頂き、第一回目にして、ゲタリンピックの各種競技の中で一番参加人数の多い種目になりました。この成功を契機に、当地域のはきもの協同組含を主体に日本ゲタ飛ばし協会が設立され、統一ルールを作成し、「公認の世界記録」を認定する方向で活動しています。もちろん、第9回ゲタリンピックにも、公認大会として開催されます。
 IT化は時代の趨勢です。懸案でありましたホームページも、全面公開ができました。外注に頼らず、オリジナルメンバーの元で作成されましたので内容の濃い、いわゆる「ゲタリンピックらしさ」が随所に間見えるものができあがりました。アクセスは、2001年12月の時点で8,500を越えていました。メンバーにも、文書の保管場所としての機能も果たしており、内外共に好評でした。サーバーがたびたびダウンしたのは、ご愛敬とします。
 広報活動、とりわけ、テしビ局に関しては、毎日各放送局に宣伝に出かけ、大いに盛り上がりました。
 ステージでは、「とくさん」の紙乏居を行い、アットホームな雰囲気を醸し出していました。
 なお、10月に広島県各地でおこなわれたねんりんピックの福山会場に、巨大ゲタも参加しました。

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第9回 平成14年(2002年)9月22日   10:00〜20:00
 キーワードは「OMOREE DE まつなが!」
 ゲタリンピックを通して「まつなが」の人・ものに出会い「やっぱり松永ってええじゃん」「松永っておもれえじゃん」と思って頂き、楽しく活気のあるまつりを開崔する事により、より一層地域の絆が深まることを願って企画しました。
 当日は一日中曇りで気温も上がらず過ごし易い天候でオープニングより閉会まで沢山の来場者を迎え、観客動員数も8万9千人を数え、活気のあるゲタリンピックとなりました。
  実行委員会はもとよりボランティアスタッフのみなさま、協賛いただいた各種団体企業、関係者のみなさまの地域への思いとご協カによるものだと思っています。
 本年度は来場者の方にゆったりと楽しんでいただこうと休憩場所を数箇所設けました。ゴミも持って帰ろうが定着し年々少なくなっていましたが、ポイ投げされるゴミを無くそう、きちっとゴミを捨てて頂きたいということで、数箇所分別できるゴミ箱を設置しました。
 競技では「巨大げたさばり」「げたでゴザール」等の恒例競技と新競技として「たたみオモテェーッ!」を企画しました。
 60キログラムの畳表俵を持って10メートル運び、時間を競うタイムトライアル。力に自信のある方が沢山参加され、白熱した競技となりました。ゲタとばしでは日本ゲタとばし協会公式競技として開催し、500人近くの人が世界記録に挑戦しました。みんな一生懸命蹴りましたが、残念ながら記録はでませんでした。ぜひまた次回も挑戦してください。
 恒例のJR松永駅での絵画展はワールドカップ名場面集の展示、国際交流ひろばでは各国の文化の紹介やげた造り、ゆかたを着ての写真撮影などを通して交流を深めたことによって、新しいまつながの一面を発見しました。日々の生活のなかでも、もっと交流が深まりお互いの信頼が生まれ、思いやることによって、もっと豊かな地域になると思います。
 これからもゲタリンピックを通して地域の絆が深まり、ゲタリンピックの輪が広がることを楽しみにしております。
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第10回 平成15年(2003年)9月21日   10:00〜20:00
 キーワードは「新鼓動」 NEW SOUND OF MOVEMENT
 来場者数9万人
 松永商店街活性化事業の一環としてスタートしたゲタリンピックは、今回で10回目を迎えました。
 今では松永地域に無くてはならないまつりとして定着しました。その間、歴代の実行委員長やスタッフのみなさんの努力に敬意を表します。そして支えていただいた地域の方々に心から感謝を申しあげます。
 さて、10回目を数えるゲタリンピックも万端の準備を整え、台風よ逸れてくれと祈りながら当日を迎えましたが、九州上陸寸前で90度方向転換。オープニングの時には、青空も拡がり、風は少々強いものの絶好の天候になりました。
 10回目ということでの特別な企画では、初めての試みとして“ゲタリンガールズ”を5名選出し、事前PRや当日のアシスタントとして活躍していただきました。また、松永高校の文化祭(遺芳祭)を受け入れ、ゲタリンピック当日に隣接する松永公民館・松永支所駐車場において同時開催することになり、一層のスケールアップになったと思います。
 ステージでは、松永地区の中・高合同ブラスバンドを企画し、120名もの大演奏を披露することができました。競技会場では熱い闘いが展開され新たなチャンピオンも誕生しました。イベントでは子ども向けの楽しい企画や、保育所との新たな取り組みが展開され、イベント競技ではサッカー大会がスタートしました。惜しむらくは下駄とばしにおいて観客に下駄が当たるという事故があったことですが、大事に至らなかったことは不幸中の幸いであったと思います。次回からは安全に最大の注意を払い運営に取り組みます。
 国際交流広場では国際色ゆたかな催しを展開され、ブラジルサンバが初めて登場し、大いに盛り上がりました。ブースにおいては、天候に恵まれたいへんなにぎわいをみました。一方その陰には多くのボランティアの方々の支えがあることを忘れてはなりません。
 ゲタリンピックと企業の関わりでは、ゴミ回収に会社として参加していただき、大きな力となりました。
 ふれあい交流ではまちづくりバンク基金で地域に防犯灯を38基設置することができ、明るい町づくりに貢献できました。
 今回もタ闇のせまる中、フィナーレを迎えることができましたことは、スタッフはもとよりゲタリンピックにかかわるあらゆる万々のご協カの賜と心からお礼を申しあげます。
  終わりになりますが、次年度に2代目巨大ゲタ製作という大きな宿題を残すことなりましたが、必ずや素晴らしいもの
ができると確信しています。
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第11回 平成16年(2004年)9月19日   10:00〜20:00
 キーワードは「新たなるPAGE」
 第10回の節目の年を越えて、ゲタリンピックも新たなるぺ一ジヘ歩み始めました。、懸案でありました新巨大下駄の製作を6月より取りかかり、メンバー全員のカと松岡先生、山本さんのご協カにより、3ヶ月の製作期間で初代巨大下駄にまけない立派な下駄が完成し、オープニングでみなさまにご披露することができました。はきもの博物館に展示しています。ぜひご覧ください。
 今回から一般来場者の駐車場をゆめタウン南端の第2会場に設置して無料シャトルバスを運行し、会場周辺の交通渋滞、迷惑駐車減少をはかりました
 実行委員160名、ボランティアスタッフ約500名、協賛企業800社のカを結集して、万全の体制で当日を迎えました。
 早朝よりの準備の最中、突然の大雨、まさに滝のような雨の中、会場設営にあたりました。オープニングの10時前に雨がピタリと上がり予定通り、ゲタリンピックを開催することができました。
 恒例の巨大ゲタさばりは、少し重くなった? 新巨大下駄を使って白熱した戦いを繰り広げ、国際交流広場は地元に在
住する外国人の方との異文化交流がはかられ、新企画インターネット生中継は沢山のアクセスをいただき、ミニステージも壊れんばかりの熱気で終日盛り上がりました。
 駐車場を兼ねた第2会場の下駄とばし、大勢の参加者で世界記録も更新され、ふれあい動物園、ふれあい広場も一日中歓声がこだましていました。
 昨年に引き続き、松永高校の遺芳祭が同時開催され、ゲタリンピックが地域一体型のイベントとして根付いていることを実感しました。
 最大の課題であるゴミ問題、資源として活用できるよう分別回収の徹底、会場内の巡回を高校生・大学生・各種団体
のボランティアの方々、地域企業のご協カ
で成果を上げることができました。
 本年は松永地区も台風などの自然災害に見舞われました。そこで、災害復興支援ボランティア、ゲタリン復興隊を結成し、災害後の復興活動、地域安全活動を支援します。
 ゲタリンピックは、地域のみなさまのご声援ご協カが最大エネルギーです。
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第12回 平成17年(2005年)9月18日(10:00〜19:00)
 今年度も、ゲタリンピックを開催し、お越しいただいた皆様が、色々なかたちで参加し、たのしんでいただける祭りを目指したく「つなゲタい [和] 」をキーワードとしてかかげました。
 「つなゲタい」は、ゲタリンピックを通してみんなで手をつなごう、信頼関係をつなげよう、そして「つなゲタい [和] 」「和」は平和の和、なごむ、わっかの「輪」の思いもあり、参加者、スタッフ、メンバーたちが仲良くみなさんが輪の中に入り、楽しかったと思えるような祭りを志しました。
 大会前には「きれいな町松永」として美化にも気をくばり、JR松永駅北周辺、第2会場となる駐車場を兼ねた松永ゆめタウン沖の一斉清掃、また長和島公園のシンボルであるタコの滑り台のお色直しをしました。JR松永駅前のステージの高さは通常より低くし、皆さんとの一体化をはかりました。
 157名の実行委員をはじめ 各種地域団体、松高生、地元中学生のボランティアスタッフも自主的に参加をいただき、また協賛していただきました企業、各種団体等により無事に開催することができました。改めてお礼申しあげます。
 当日は天気もよく来場者数は約8万8千人を数えました。新たな競技は、ゲタを投げて10メートル先の的と下駄との近さを競う「ゲターゲット」、小学生を対象にした角材を切り落とすまでのタイムを競う「のこぎり競争」が加わりました。恒例の、「ゲタタワー」はレーンを倍に増設し「下駄とばし」競技では30メートルを超え、世界記録を更新することができ祭りに花を添えました。
 イベント等では各国の飲料水の販売、そうめん流し、消防自動車の展示、献血等を行い、ブース、ステージでは設営、撤去及び進行のスムーズさ等、実行委員、ボランティアスタッフが一丸となった賜物です。
 さらに、松永駅前北商店街が同日にロックコンサートなどのイベント「北口フェスタ」を開催し、新たな一歩を踏み出しました。
 「地域の和」がゲタリンピックを通してますます広がることを楽しみにしています。
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第13回 平成18年(2006年)9月17日(10:00〜18:00)
 キーワード 「まつなが発 未来発信 〜あなたの夢は〜」
 
今年のテーマを「夢」と定め、その「夢」実現のために、勇気と情熱を持って行動し、新しいことに常に挑戦し、さらに継続・進化させていき、ここ「まつなが」から平和で明るく安心して暮らせる希望のある未来となるよう、発信していきたいとの思いで企画しました。ゲタリンピックの目指すところは、昔も今も「活力あるまつなが」をつくるため、まちづくり・人づくりに貢献していくことだと思っています。

 さて、ゲタリンピック当日は、折りしも台風13号の影響をもろに受け、雨は降ったり止んだり、風は夕方より激しく吹き、状況が悪い中なんとか開催はできたものの1時間はやく繰り上げ終了し、ゲタリン史上初めて途中中止という号令をかけざるをえませんでした。それに伴いスケジュール等が若干狂いましたが、大きな混乱、事故もなく無事終えることができたのも、ゲタリンピックの携わったすべての人たちのご協力・ご理解のおかげと感謝するのみです。来場者数は、台風の影響もあり、約5万5千人にとどまりました。
 恒例の「巨大ゲタさばり」「下駄とばし」「ゲタでゴザール」「ゲタタワー」等の競技に加え、新たに初代の巨大ゲタを使った小学生5人1組による巨大ゲタをレーン上で引っ張る「ゲッタードリーム」、そして巨大ゲタを1人で引っ張る「初代巨大ゲタひとりさばり」を企画し、巨大ゲタの当たりしい活用方法を見いだしました。競技参加者も総勢で約1400人となり盛り上がりをみせました。
 またテーマの「夢」にちなんで、「ゲタリンドリームメール」を企画し、今あなたが抱いている夢を、特製はがきに記入してもらい、第20回ゲタリンピックの開催時(7年後)に、そのはがきをお届けしようというもので、854通の「夢」が発信されました。
 ふれあいステージでは、18団体が出演しました。その中でも雨に濡れながら一生懸命、ひたむきに演奏していた保育園児の鼓笛隊には感動(涙)しました。国際交流広場では、毎年、外国の方と異文化交流が図られ、熱気のあるミニステージが繰り広げられました。ブース出店も84ブースにのぼり、飲食等で来場者のお腹を満たしてくれました。こどもイベント広場も、例年盛り上がりをみせ、こども達の憩いの場として、いろんなゲームで楽しんでもらいました。協賛イベントとして、ボーリング大会、テニス大会、サッカー大会、フットベースボール大会、ソフトボール大会を開催し、こども会組織とのつながりも深めました。
 スタッフ数161人、ボランティア数421人の熱き思いでゲタリンピックが無事出来たことを、心から感謝致します。これからもゲタリンピックが継続・進化していくことを切に願っています。今後ともご声援・ご協力をよろしくお願い申しあげます。
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第14回 平成19年(2007年)9月16日(10:00〜19:00)
テーマ「!サプライズ」 キーワード「♪であいYou-Go/Everybody-Go♪」

 今年度はゲタリンピックを通じて「驚き」を表現したいとの思いから、テーマを「!サプライズ」と定めました。
その「驚き」を表現する為にも、ゲタリンピックの原点であり大切な人と人との出会い、その「であい」の力を「融合」させ、あなたも、私も、みんなでゲタリンピックを作っていくことが、「活力のあるまつなが」につながるのではないかと考えます。

 雨、そして雨、ずっと雨。ゲタリンピック当日は、ゲタリン史上初めて一日中雨という悪天候となりました。(朝7:00には虹が出ていたのに・・・)オープニングセレモニーが始まる頃は止んでいた雨が、実行委員長あいさつが終わると同時に、ポッ、ポッと降り出しました。しかしながら、このような天候にも関わらず、すべてのスケジュールが大きな混乱や事故もなく無事終える事ができたのも、ゲタリンピックに携わったすべての人たちのご協力・ご理解のおかげだと感謝するのみです。来場者は一日中雨という悪天候の中3万6千人もの多くの方に来場いただきました。
 テーマ「!サプライズ」にちなみゲタリンピック史上初の試みとして、「まつながの いいとこ・いいひと・いい雰囲気をみつけよう!」と題して前夜祭を開催いたしました。ペットボトルで作製した灯篭を使いクリークを幻想的に演出し、まつながの今昔を披露し好評を博しました。
 また「ゲタリンどら焼き」「さばってBINGO賞」「サムライ書家のショウタイム」「ゲッタストック2007」など、新しい特別企画を運営して驚きを表現いたしました。
 中でも、ゲタリンピックの主旨を説明したところボランティアとして応援しましょうと、有名芸能人の方々がご協力くださり、ゲタに「がんばれゲタリンピック」とサインをいただきステージ横にて展示し、ステージでは有名芸能人の方々によるビデオレターの放送も行いました。
 恒例の競技においては、まつながの特産品である、ゲタ・塩・い草を使った競技性のある祭を継続的に開催することで、まちおこしにつながるとのゲタリンピックのコンセプトのもと「巨大ゲタさばり」「ゲタとばし」「ゲタでゴザール」「ゲタタワー」「ゲッタードリーム」「初代巨大ゲタひとりさばり」を開催いたしました。競技参加者も約1200人となり、雨の為競技参加者の減少が予想されましたが、例年並みの参加者があり雨の中熱戦が繰り広げられ、「巨大ゲタさばり」においては中国人チームが初参戦し国際色豊かな競技となりました。
 ブース出店も90ブースにのぼりました。こどもイベント広場では、雨の中でも子ども達の声がやむことはありませんでしたし、国際交流広場においては例年通り異文化交流が図られました。
 ふれあいステージでは18団体による熱いステージが披露され、「まちづくりバンク」チャリティーオークションを行いました。「まちづくりバンク」では福祉に限らず松永地域に役立つようにとの考え方から、今回は松永駅にAED(自動体外式除細動器)を寄贈いたしました。改めてバザー・募金・チャリティーにご協力いただきました方々に心より感謝申し上げます。
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